
店先でふと目に留まる、ちょこんと佇む招き猫。日本に古くからある縁起物ですが、家に飾っている方は、そう多くないかもしれません。
今回ご紹介するのは、手のひらにのるほど小さな九谷焼の招き猫。もともと上出長右衛門窯の人気商品を、ZUTTO別注の絵付けで作っていただきました。鈴や前掛けの絵柄は新たにデザインし、鼻や耳の色まで変えた別注品です。
ZUTTOでお取り扱いを始めてから、とても人気だった上出長右衛門窯さんの二寸ちょうえもん招猫。別注をお願いしたのは、「ずっと使い続けたい」と思える招き猫を、つくり手と一緒に形にしたいと考えたからでした。
右手を挙げた招き猫は金運を、左手を挙げた招き猫は人やご縁を招くと言われています。その招いた福が「ずっと続くように」と、私たちZUTTOの想いも込めてご相談し、生まれたのが今回の別注品です。
招き猫が乗る鈴には、持続の意味合いを持った「七宝」を思わせる花模様をあしらっていただきました。円がつながる文様で、縁起柄としても親しまれています。
さらに、前かけの絵柄は軽やかなドット柄に。耳や鼻の色も変えていただいています。
毎日の暮らしの中で、ふと視線を向けたときに少し気持ちが和らぐような、季節を問わずそばに置いておける招き猫。その姿ができあがるまでを、工房での制作工程、インタビューとともにご紹介します。
工房を見学させていただいたのは、夏の終わり頃のこと。


まだまだ暑さの厳しい中、多くの方が手を動かし作業されていた工房。招き猫の製作工程を見せていただきました。
1. 猫と鈴、それぞれの型に陶土を流し込み、形をつくる。
まず、液状の陶土を石膏型に流し込む工程から始まります。型の外側から固まっていき、ある程度時間が経つと、余分な陶土を出して中が空洞の状態をつくります。

猫と鈴は別の型を使って作り、最後に鈴についた突起で接合するので、絵付け前の段階までは別々で進められていきます。
2. 型から取り出してバリを落とし、姿を整える。
15分ほど待ち、ある程度固まったところで型を外すと、柔らかな招き猫が現われます。

継ぎ目の段差(バリ)が残っているため、底の部分を調整して「きちんと立つ」状態に整えるなど、バリを丁寧に削っていきます。

▲招き猫の底面を整えている様子。

▲こちらは鈴のパーツ。穴の部分が、細かくて調整が難しい部分だそう。
急激に乾燥すると型の跡が強く出てしまうため、ビニールをかけるなどして乾燥の速度を調整。乾燥を経て素焼きへと進みます。
3. 電気窯で素焼きをする。
乾燥を終えた猫は、電気窯で素焼き。形を固定させます。

この銀色の窯が電気窯です。絵柄にもよりますが、800度前後で焼くことが多いそう。
素焼き後の猫は、全体が淡い肌色に変わります。

4. 絵付けする部分に釉薬をかける。
素焼きを終えた後は、絵柄がのる部分にだけ釉薬が施されます。

二寸サイズの猫は、主に耳・目・襟元などの部分に釉薬をのせています。釉薬は本来、器ならまとめて浸けることが多いもの。ですが招き猫はかたちが複雑なため、筆を使って塗られていて、器より手間をかけた丁寧な作業が必要とされます。
塗る工程ではみ出してしまった釉薬は、小さなヘラのような道具で削り落とし、絵付けしやすいよう滑らかに整えられていました。
5. 本焼きで白く焼き上げる。
釉薬をつけた後は、ガス窯で本焼き。温度はおよそ1300度だそうです。

淡い肌色だった素地が、白く焼き上がります。本焼き後は少し縮むのですが、焼く前と焼いた後を並べて比較した様子がこちらです。

右の小さな猫が本焼き後のもの。釉薬が塗られた部分は光沢があり、その他はマットな質感です。
6. 猫と鈴のパーツを接合。釉薬をかけ、絵付けを施す。
本焼きを終えた後は、鈴の突起と猫の足元にある穴を組み合わせて釉薬をかけ、ようやく一つの人形の形になります。その後、絵付けへ。

絵付けのタイミングは、用途や柄によってタイミングが異なりますが、招き猫の場合は釉薬の上に描く「上絵付」が多いので、このタイミングで絵付けが入ります。

7. 最後にもう一度焼いて、完成。
絵付け後に、再度窯へ。こうしてようやく完成するのが、二寸ちょうえもん招猫です。
Brand Interview
はじめて「型」を起こしてつくった人形。
快くインタビューにこたえてくださったのは、上出あゆ子さん。6代目・上出惠悟さんの奥様です。
▲一番初めに商品化された招き猫、招猫 鈴なり。
「2015年頃のことなので、もう10年ほどになりますね。器づくりを中心としていた上出長右衛門窯が、はじめてオリジナルで『型を起こしてつくった人形』です。一番最初のきっかけは、6代目が、友人の結婚式の引き出物としてつくった招き猫だったので、実は販売予定のないものでした。
自分で石膏型を作って、成形、絵付けまでして。そのサンプルをショップの入り口に飾っていたところ、『これは売り物ですか?』と聞いてくださるお客様が度々いらっしゃって、そこから商品化の話が動き出しました。」
「ただ、人形の原型作りは簡単にできません。するっと型から抜けるようにするには、専門的な知識が必要です。」
「偶然ですが、その時期に6代目の大学時代の彫刻科出身の友人が、石川と東京を行き来していたので、その方に原型作りをお願いしました。」
「当時、彼は別の仕事をしていましたが、なんと今は上出長右衛門窯のろくろ師として一緒に働いてくれています。」
「そうですね。彼が石川県に来るタイミングがなければできてなかったかもしれないし、もっと違う人にお願いしていたとも思うんです。招き猫をきっかけに、お雛様やお茶碗武者だったり、人形づくりも少しずつ広がっています。」
▲2026年の干支「午」をモチーフにした水滴も、同じ方が原型を作ったそう。デザインは6代目・上出惠悟さんです。
器が中心だった窯が、初めて「型を起こしてつくった人形」として挑戦した、招き猫。人と人の出会いから始まったものづくりが、現在も続く上出長右衛門窯の招き猫、そして上出長右衛門窯の人形づくりの原点になっています。
「最初の招き猫がとても好評だったので、それなら新しい視点で別のサイズも作ってみようか、という話になったんです。そして生まれたのが、二寸ちょうえもん招猫です。」
「彼らのこだわりとして、『鈴が実際に鳴ること』が一つあったんですが、小さな招き猫の首元につけるとなると、鈴がとても小さくなり全体のバランスが難しくなるね、と。
そこで、いっそのこと鈴の上に乗せてしまおう、という発想に辿り着きました。」
音が鳴る鈴の上に、ちょこんと腰かける猫。揺らしてみると、からんと小さな音が返ってきます。
「同じ招き猫といっても、二寸サイズの招き猫は、単純に元の招き猫を等倍縮小したものではありません。体が小さくなった分、腕は少し短く、目線も少し上向きになってるんです。」
▲並べてみると、それぞれの個性がよくわかりますね。
「他の商品は工房で絵付けをしていますが、招き猫については、以前窯に在籍していた招き猫専属の絵付師にお願いしています。直営店限定で販売している1点ものの招き猫企画や、他店さまとのお取り組みでも、色々な柄を考えて、絵付けしてくれています。」

「デザインを起こすときは、紙に色鉛筆で書いて提案してくれます。一部の招き猫は、うちの工房でやっていたりするんですが、基本的には彼女にお願いしていることが多いです。定番の果物と金白は6代目のデザインですが、その他の招き猫については、基本は彼女が手掛けています。」
「招き猫や人形の造形そのもののデザインは、6代目である上出惠悟が考えています。器を中心に培ってきた感覚をもとに、『上出長右衛門窯らしいかたちとは何か』を起点にしながら、招き猫や福助、干支の人形など、昔からあるモチーフを新しく解釈しながら作っています。
インスピレーションはものによって様々だと思いますが、面白いところだと、御伽白狗は、戌年の1月11日(ワンワンワンの日)に夢に出てきた犬が印象的で、そのイメージをベースに作っていました。私たちが飼っている愛犬(狆)にもどことなく似ている気がします。」

▲今年受注会でも人気だった「御伽白狗」。

▲同時に受注会を開催した「桃染のひな」。親王盃を外して飾ることもできます。
「お雛様に関しては、うちが長く割烹食器を作ってきた茶碗屋なので、お茶碗に(盃)に載せて。大事にしているのは、『昔からあるものを、そのままつくるのではなく、上出長右衛門窯がつくる意味を考える』ということだと思います。」
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老舗の窯元ならではの丁寧なものづくりが土台にありながら、古いものを新しい解釈で捉えなおし、オリジナリティを追求する姿勢。できあがるものは、決して奇をてらったものではなく、それでいて「上出長右衛門窯らしい」と思わせるユニークなもの。その絶妙なバランスを垣間見た取材になりました。
招き猫というと、お正月や特別な日の飾り物というイメージがあるかもしれません。けれど、二寸ちょうえもん招猫は、もっと日常に近い距離で楽しめる存在だと思います。
玄関の靴箱の上、本棚の一角、デスクの片隅。小さな鈴の上にちょこんと座る招き猫は、場所をとらずに、暮らしのどこにでもなじみます。新しい年の始まりに迎えるのはもちろん、引っ越しや新生活のお守りのような気持ちで。また、ただ「この顔が好きだな」と思ったときに。小さな手の中に宿る、上出長右衛門窯のまなざしを、日々の暮らしのそばで楽しんでいただければうれしいです。
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