「呂色(ろいろ)」という工程をご存知でしょうか。
重要無形文化財に指定されている「輪島塗」。多くの漆器が分業制で行われるように、輪島塗もまた、木地作り、下地、中塗、上塗と多くの人の手を渡り、時間をかけて一つの器が出来上がります。呂色はその中の仕上げの工程に分類されます。
上塗が施されたものの上に、生漆(きうるし)を重ねて塗り、そして乾かし、最後は道具を使わず手のひらで磨き光沢を添える。磨きが足りなくても、磨きすぎてもその艶は出すことができず、ほんの少しのさじ加減が問われるのはまさに職人技。そんな呂色の技術を漆器だけではなく、身につける装飾具としての可能性を見出し、新しい挑戦を続けているのが升井彩本乾漆(マスイサイホンカンシツ)です。
昭和30年に升井呂色店として始まり、現在二代目。ZUTTOではNuance Goldシリーズをご紹介していましたが、そのNuance Goldシリーズをベースに新たな別注品を作っていただける運びとなりました。
第一印象として感じたのは、パールのような柔らかい光沢。漆のピアスはいくつか目にしたことがありますが、肌に馴染む穏やかな彩度のカラーをベースに、金色のニュアンスも含まれているからなのか、じっと見つめたくなるようなこの表情は、他にない唯一無二のものだと思います。
モチーフのサイズを一回り小さくしていただき、加えて金具を少し遊びのあるフック状に変えて別注したのが今回のピアス。金具の素材はオリジナルと同様、錆びにくく、金属アレルギーの起こりにくいサージカルステンレスです。
▲左がもともとご紹介していたNuance Gold ピアス。右が今回の別注品です。
いつものお出かけはもちろん、ちょっと特別な日も身につけられるように。そんなピアスを思い浮かべながら、ZUTTOとしてのニュアンスをプラスして作っていただいた特別な別注品です。
やはり特筆すべきは、輪島塗の呂色師としての重ねてきた経験、その手が生み出す美しい艶。改めて、升井彩本乾漆のアクセサリーがどうやって生まれたのか、升井彩本乾漆の升井さんご夫婦にお話を伺いました。
- Brand interview -
輪島塗の呂色師である升井克宗さん。先代のお父様が亡くなり、升井呂色店を引き継いだのは40歳の頃だったそうです。
「代替わりして、10年ほどはもともと請け負っていた呂色だけをしていたんですが、景気と同時に輪島塗の生産が落ち込んでいき、発注数が少なくなっていったんです。だから自分たちでも何かを作って、直接お客様に届けられるように、と考えたのが始まりでした。2010年よりも少し前のことなので、始めて15年以上経ちますね。」
「輪島塗の生産が減っていったタイミングで蒔絵のアクセサリーも増えた中、うちが最初に始めたのはお念珠でした。そして時代を流れを見ながら、始めたのが呂色の技術を使ったアクセサリーです。最初のアイディアは妻から。私は呂色の知識がありますが、妻は詳しくなかった。先入観がないことが良い方向に働き、新しい試みを提案してくれています。」
▲シンプルで使いやすいよう、無地の珠(たま)を使ったネックレスから始められたそうです。
「あとは、呂色をしていく中で、昔から愛されているジュエリーブランドでも輪島塗の塗りが施されているジュエリーを実際に見たりして。皆さんに受け入れられているその様子を見ながら、自分たちの中で漆のアクセサリーのイメージを作っていきました。
蒔絵をつけたらどう?という声もありましたが、販路や価格の面で懸念もあり、いろんな方に手に取っていただきやすいアクセサリーを作りたいという想いがあって、呂色のみで仕上げるアクセサリーにしました。」
- Nuance シリーズ が生まれるまで -
「綺麗な球体」にこだわり出会った真珠核
「まずこだわった点は、穴の空いていない、綺麗な球体でした。丸い形が、漆を塗ったときに一番綺麗に見えるので。あとはジュエリー業界の方のお話を聞くと、装飾品として『重み』が足りないのでは、という話になって。漆器は木材で、軽くて扱いやすい。それは器としてはいい反面、装飾品の面から見るとちょっと違ってくるんですね。
綺麗な球体、適度な重みがある、それでたどり着いたのが真珠核です。
▲実際に使われている真珠核。
ですがどこで手に入れられるかもわからないまま、本当にゼロからのスタート。色々探していく中で、淡路島で作っているところに出会いました。もともと淡路島は貝ボタンの産地でしたが、プラスチック製のボタンが多く流通したことでボタン産業だけでは成り立たなくなって。それで真珠核を作り始めたという経緯があるそうなんです。」
「そうですね。今までは木に塗っていたものですから、真珠核に塗るというのは未知のことで。ちゃんと漆が密着するのか、どうやったら綺麗に表面になるのか試行錯誤しました。
▲漆の密着性を高めるため、届いた真珠核(奥)を磨き、凹凸を作ります(手前)。
私たちが通常呂色で仕上げるものは主に黒檀(こくたん)という木材を使っているんですが、黒檀の漆の吸い込みと、真珠核の漆の吸い込みがよく似ていたんです。あまりにも漆を吸い込みすぎると、塗る工程を何度も繰り返さなくてはいけない。ですけど、吸い込みがちょうどいい感じだったので、これは進められそうだと思って。」
輪島塗の地の粉を使って生まれたニュアンスカラー
「次にこだわったのは色ですね。このNuance シリーズは、漆のアクセサリーを普段手に取らない方にも届くようにデザイナーさんと一緒に作ったシリーズなんですが、色の見本もいくつか出していただきながら、能登の風景を感じるような色合いを目指しました。
このくすみカラー、最初は黒い漆を混ぜることで調整していたんですが、輪島塗でしか使わないグレーの粉、地の粉(じのこ)をたまたま入れたら、綺麗にくすんだ色合いになったんですよ。」
▲能登の空を映す「そら」。別注のピアスでも使っているカラーです。
「そうして2023年に生まれたNuance シリーズをベースに、考えたのがNuance Gold シリーズです。もともとのNuance シリーズに、華やかさを足して、それでいて目立ちすぎない輝きがあるとより使うシーンが広がりそうだなと思ったんです。ちょっとおめかししてご飯を食べに行く時だったり。
それで開発を進めていたんですが、2024年1月の能登半島地震があって。本当は3月に完成する予定だったでしたが、それが未完成のまま続いていて。予定していた半年後、2024年9月の展示会で初めて紹介したのがNuance Gold シリーズです。」
「手で磨く」ということ
「はい。手のひらだけで磨いていきます。ピアスだと、一つの珠を磨くのに大体3分くらいですね。
磨きすぎると逆に艶がなくなるんです。ちょうどいい加減でやめないと。漆が残りすぎても光らないし、磨きすぎると漆が少なくなりすぎて艶があがらないんですよ。」
▲手のひらの油分が作用して、綺麗な艶になるのだそう。
「歳を重ねることで、自分の手もだんだんと変化していきますよね。だからこの呂色という作業は、磨く人の年齢に応じて磨く時間も変わるんですよ。見学に来られた方が一番驚いて感動なさっているのはこの工程ですね。本当に道具を使わないので。でも、結果それが漆が一番綺麗に見えるんです。」
「特別なお手入れは必要なく、水や埃など汚れがついた場合に、柔らかい布でやさしく拭き取っていただくだけで大丈夫ですよ。
Nuanceシリーズのアクセサリーは、呂色で仕上げたあと肌がかぶれないようコーティングを施しています。箔をコーティングする保護剤と同じものです。なので、漆器と比べて経年変化は少ないと考えていただければ。長く愛用してくださるとうれしいです。」
取材を終えて、企画担当より:「漆アクセサリー」の新しい形。
もともとパールピアスのような使い方ができそうだなと思ってご相談したものだったので、今回の背景を知ってその理由がわかりました。今回は別注で珠を一回り小さくしてもらいましたが、オリジナルのものは、漆の表情がよりわかりやすいですし、それぞれのよさがありますね。パールや天然石のジュエリーを身につけるような感覚で、普段はもちろん、ちょっと特別な日にも身につけて、大切に愛用していきたいと思います。
▼ご紹介した 升井彩本乾漆の別注ピアスはこちら